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民主主義 [日常]

元総理の細川さんが、確か「権不十年」だったと記憶するが、同じ人間が長く居座ると権力は
腐敗するから熊本県知事も二期で終えたという話を、以前、何かで読んだ事がある。
細川さんの評価はともかく、アメリカのワシントンも大統領を二期でやめたから、初代が二期で
引いたアメリカは戦時中などの非常時は別として、二期で終えるのが慣例になった。

私はあまりアメリカを評価していないのだが、こういうところは非常によろしい。
「ワシントンがこうしたから」でみんな従うのは、まだ若い人工国家ならではであるが、アメリカは
とりわけて独裁者が出にくい風土なのだろうと思う。
何しろ「シャーマン法」だの、チャップリンの「独裁者」だのを作っちゃう国である。
裏で国を動かす連中とか、そういうものが、あるいはいるのかも知れぬが。

一方、我が日本でも、独裁を嫌い、権力と権威(天皇)を早々に分けてしまった。
これはこれで智慧なのだが、鎌倉や江戸幕府の様に、比較的天皇を軽視した時代が長かった
わりには、重要な局面では担がれたりして、それなりにバランサーとして機能して来たのだが、
天皇は中国皇帝の様な絶対権力者では無かったから、日清、日露、日中、太平洋と、なし崩しに
戦争が「空気」で決まってしまった。
そのくせ、開戦の詔勅を始めとした命令は天皇の名で出るのだから、明治や昭和の天皇はさぞ
面白く無かったに違いないが、「臣下」が決めてきたものを断らないのが本来の天皇の姿なので、
玉音放送は、天皇のあり方としてのタブーを破った偉業だったのである。

最初は
「私なら、清く正しい独裁者になるのだが(笑)。」
の一行で終わるつもりであったが、話が最初から横道に反れ、脱線転覆してしまった[わーい(嬉しい顔)]

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